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切腹最中 [日録雑感]

師走という「コトバ」は、聞くだけでもなんだか騒がしく感じられた時期があった気分がする。


今や決まった仕事もなく、日常の時間経過を楽しんでいるのだが、現役のころは
爺も人並みに忙しかった。


当然にだが、年内に片付ける仕事内容もあった。

小さな企業だが、締め切りが待っているのだ。


そんなことよりも大切なのは、お世話になった企業や人たちとの「夜の接待」というか飲み会だった。


若さに任せて「楽しんだもの」だった。


当然だが、「機密費」がでた。


あれこれと計画を作り、上司の「認可判」をもらって、会計課に差し出して、手に入れるのだが、その計画書での企業名と「どの上司」にだせば認可がおり、さらには当日の「会計課担当者」が誰かも事前に知らねば、時間ばかりがかかり、ひどい時は「稟議書」が回ってしまうから、当日認可はダメなのだった。


12月「政治村」では、あれこれの「実弾」が話題になっている。


調べる特捜部も全国から腕利き部長クラスが中央に集まり、意気込みでは、マスコミ報道だが「バッジ組」の首をとる勢いだ。


世間に住み爺などは、盛んに新聞報道を読む者の一人だが、なんだか「騒がしい」割には、どうなるのかなと「政治村歌舞伎」の筋書きを、勝手に想像するだけだ。


元禄時期の「討ち入り歌舞伎」も原稿なしで、同時に眺めていた人たちは、どうしていたのだろうか?


マスコミは、当然だが「ない」。


かわら版での、後は「口コミ」がほとんどだと思う、想像だが。


いつの世も、同時進行のデキゴトを、どう考え、どう反応するかは難しい。


昔の記事らしいが、引用すると


謝罪に重宝? 人気です「切腹最中」

2016/9/13 23:11

https://i.kobe-np.co.jp/news/backnumber/202309/img/c_11807967.jpg?a=262023003517「切腹最中」を手にする新正堂の渡辺仁久さん。あんの奥には白い求肥(ぎゅうひ)がつまる。「お客さんが、内匠頭のハラの白さよ…って」=東京都港区新橋

  • 「切腹最中」を手にする新正堂の渡辺仁久さん。あんの奥には白い求肥(ぎゅうひ)がつまる。「お客さんが、内匠頭のハラの白さよ…って」=東京都港区新橋

 「忠臣蔵」に登場する赤穂義士の主君、浅野内匠頭の最期にちなみ、東京の老舗和菓子店が販売する最中(もなか)がビジネスマンらの人気を博している。その名も「切腹最中」。「切腹しておわびしたい」とのユーモアを交えて知人や取引先に謝りたいときに重宝されるといい、四半世紀を超えるロングセラーになっている。

 東京都港区新橋、大正元(1912)年創業の菓子店「新正(しんしょう)堂」。店は、もともと内匠頭が最期を遂げた田村右京太夫の屋敷跡地にあり、11年前の移転後も近隣で営業している。

 切腹最中はこの縁から、3代目社長渡辺仁久(よしひさ)さん(64)が90年に売りだした。長年の忠臣蔵ファンという渡辺さんが最中の新商品を思案するうち、「この地域の歴史に思いをはせてもらう機会に」と、「切腹」をかけた商品をひらめいた。

 家族や周囲は「切腹最中が『せっぷくのさいちゅう』とも読める。お祝いや見舞いに使えない」とこぞって反対。しかし、めげずに味で選ばれる水準に仕上げようと、皮は上質のもち米でパリパリの食感を出し、あんは北海道産の小豆や上品な甘さを引き出す鬼ザラ糖を使って完成させた。

 初めは売れなかったが、サラリーマンが謝罪の場に持参し、笑って収めてもらえたとの評判が広がる。さらに「贈った部下が腹を割って話してくれた」との反応もあり、1日当たり数十個だった売り上げは今、平均4千個に。赤穂義士の討ち入り時期と重なる年の暮れには日に7千個が売れ、トップを譲らない看板商品という。

 赤穂観光大使も務める渡辺さんは「お客さんが最中の物語を広げ、出会いを生んでくれた。兵庫からも、忠臣蔵ゆかりの新橋を訪ねてみてほしい」と話す。切腹最中は1個200円。同店TEL03・3431・2512

(佐伯竜一)

 

面白い「もなか」だ。

「政治村の人たち」も食べてみると、いいのだが。


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